子育て・教育
2021年04月30日掲載 / この記事は約10分で読めます
近年幼児教育のキーワードとなっている「非認知能力」について様々な専門家にお話を伺う当シリーズ。今回は幼児教育における「遊び」の重要性と非認知能力の育成について河邉貴子先生(聖心女子大学教授)にお話を伺いました。連載第1回は幼児における「遊び」とは何か、そしてなぜ保育において遊びが重要なのかについてのお話です。
連載
河邉貴子先生に聞く 非認知能力は豊かな「遊び」を通じて育まれる
人が最も幸せなのは「面白さ」を感じる時
そもそも「遊び」とはなにか
河邉先生は「遊びを中心とした保育の重要性」について様々な場でお話をされています。まず最初に幼児にとっての「遊び」とはなにか、遊びの定義について教えていただけますか。
取材はオンラインで行いました
――遊びとはどんなものかということについては、幼児教育学者として著名な小川 博久先生が「遊び」の定義を3つ挙げていらっしゃいます。それは、
- 自発性があること
- 自己報酬性があること
- 自己完結性があること
です。
まず「自発性」ですが、これは主体的に行う能動的な行為である、ということです。幼い子どもは初めて出会うものに溢れていますから、これは面白そうだなと思って手で触ればそこには何かしらの気付きや発見が必ずあります。たとえば赤ちゃんが手を伸ばして何かを掴んで振って音がしたら、あ、音がしたって思いますよね。そこには「はっ」という気付きがあって、もう一回やってみたいと思って繰り返す。するとまた音がする。やってみたいと思って関わるわけですから主体性の発揮があります。そのように主体的に関わることによって面白さが引き出されます。
人が最も幸せを感じる状態とは、面白さを感じている時で、面白さを感じている状態は、生きる喜びに溢れている状態です。遊びの背景にはこのように能動的に行動すること、そして発見したものの面白さを感じるという情動が必ずセットになっています。私はそれがとても重要だと思っていますし、子どもだけでなく、私たち大人にとっても、喜びに溢れた人生を歩むことは、とても大切なことだと思います。
「自己報酬性」とは、誰かに褒められるから行うのではなく、自分自身が面白いと感じ、面白いからやると言うことです。これは自己肯定感を獲得する意味で重要ですし、そこには自己統制感も生まれます。
そして3つめの「自己完結性」ですが、これは自分が満足するまでできること、納得できるところまでできるということです。
幼児にとっての「遊び」とはどのような存在なのでしょうか。
写真提供:PIXTA
――幼児期とは、生まれてまずはいはいして、そこから立ち上がって、歩いて、そして走るまでで大体2年間です。たった2年間でそれだけの進化を遂げて、6歳までには生活に必要な全ての基本的な運動技能を獲得します。その身体性の獲得という意味で、遊びを通じて全身を使うことは極めて重要です。また主体性の獲得という面でも遊びは欠かすことができません。私たちは生涯にわたって主体的に生きていく存在ですが、人生の始まりの時期に遊びを通じて、主体的であることの歓びや嬉しさを知ることができるからです。
学びとしての「遊び」
幼児期の遊びと学びの関係について教えてください。
――幼児にとっては、遊び自体がすでに学びといえます。このことは、大正時代の教育者である倉橋惣三の時代から140年にわたって日本の幼児教育の基本になっている考え方です。幼稚園教育要領などのガイドラインでは、幼児教育において遊びは重要なポジションに位置付けられており、特に平成元年に行われた抜本的な改革では「遊びは幼児期の重要な学習である」と明記されました。ですから日本の幼児教育において「遊びは学習である」ということは常に標榜されてきたと言えるでしょう。
幼児の遊びの内容は、年齢によってどのように変化するのでしょうか。
――生まれてから1〜2歳、そして3、4、5歳で遊びの内容は大きく変化していきます。中でも大きな変化は2歳半から3歳くらいの時期で、それは言語の獲得によってもたらされる変化です。
言語獲得以前は主に自分とその環境との間だけでの楽しみだけでしたが、言語が獲得されると他者との関わりが生まれ、他者とのやりとり、交流が楽しくなってきます。そうなると最初は自分と環境という単線だった関係性が、自分、環境、そして他の人間というように非常に複雑な関係性になってきますし、それによって遊びの状況も複雑化します。
言語が獲得される2歳半から3歳頃で遊びの内容が劇的に変わるというお話ですが、具体的な例があれば教えていただけないでしょうか。
――たとえば砂場を考えてみてください。まず歩きはじめる前くらいの子どもを砂場に連れていったとします。そうすると子どもは砂をにぎにぎしてみたりして、まずは砂という物の触覚を楽しみます。中には足の裏に砂がつくのを嫌がる子どももいたりします。五感を通した感触を楽しむことはその後幼児後期にも引き継がれていきますが、最初はそれ自体が楽しいのだと思います。
写真提供:PIXTA
そしてたとえばスコップのような道具を見つけると、バンバン砂を叩いてみたりします。そのうち周りを見て、どうもあれは砂を掬ったりして使うものらしいということが次第に分かってきて、1歳を過ぎるぐらいになると、スコップでバケツに砂を入れようとしたりするんですね。でもまだ砂を口に入れたりもします。確かめたいから。それで保育者に「ベーしなさい」とかよく言われるんですね。
そして3歳くらいになると同じ砂場にいる友達が持ってる道具を使いたいと言ったり、先生が大きな山を作るとみんなでそろって山をペタペタやったりと、そこにいるみんなと顔を合わせながら、みんなと同じ行為を楽しむようになります。
また砂場で作ったものを何かに見立てたりすることもはじめます。たとえば砂で「ごはんを作ってるの」って言うようになる。そしてそこに他者がいるので、カップに砂を詰めて「どうぞ」と渡したりする。そうするとそれを引き受けた先生たちが「あー美味しい」と言ったりする。そんな風に何かを見立てて作ったものをあげるという遊びの状況が生まれてきます。
そして5歳くらいになると、建築現場で使うような物を使って水の流れを作って楽しんだり、数人で大きな山を作ってそこにトンネルを作ってみたりとか、協同しながら遊んでいく状態になっていきます。
アメリカの心理学者のパーテンは幼児の社会的参加度によって遊びを分類していて、最初は一人で遊んでいるのだけれども次第に協同的に遊んでいくようになると分類していますが、そのように社会性の発達から見ても遊び方は変化しますし、道具の使い方も、より目的的に変化していきます。
遊びを通して育まれる非認知能力とは
幼児期の遊びが学びであることがよくわかりました。それでは、遊びを通して育まれる非認知能力というのはどういうものなのでしょうか。
――さきほど「遊ぶことによって喜びに溢れていることが一番大切」とお話しましたけど、子どもは遊びの中でいろんなことを学んでいますし、遊ぶことによって満たされています。一番大事なのは主体的に自分のやりたい事をできるという喜びであり、この「満たされた気持ち」によって獲得されるもの1つが、非認知能力です。そして「やってみたら面白かった」という気持ちが次の行動を引き起こしていきますから、遊びを通じて「意欲」や「自己肯定感」などの非認知能力が育まれます。
たとえば、やりたいことがみつかり、それが目標として自覚されると、目標をやり遂げるための「忍耐力」や「自己抑制」が生まれてきますし、同時にそれを実現するための認知能力も一緒に高まっていきます。そしてできることが増えるともっとやりたくなるという好循環が生まれていきます。
遊びが進化する中で、非認知能力と認知能力とが相乗効果で両方とも高まるということでしょうか。
――はい。非認知能力と認知能力とは相乗効果で絡み合うように伸びていく両方が伸びていくものであって、しかも社会情動的スキルを先に引っ張り上げることで認知スキルもそれに伴って伸びていくものであり、どちらか一方だけを伸ばそうとしても、伸び悩んでしまうと言われています。
たとえば音楽で言えば、演奏技術だけを徹底的に磨いてもいい音楽にはならないでしょう。楽しむうちにスキルも上達するのではないかと思います。その両方が刺激しあうことで音楽性と技術とがバランスよく伸びていくのではないでしょうか。非認知能力と認知能力も、そんな関係性なのではないかと思っています。
子どもにはそれぞれ個性があると思うのですが、内気な子どもが必要とする非認知能力、外向的だけど飽きっぽい子が必要とする非認知能力というように、個性にあわせて取り組んでいくことが大切なのでしょうか。
写真提供:PIXTA
――そう思います。子どもにはそれぞれ生まれながらに持っている持ち味があります。いろんな人がいるから多様性があって面白いわけですから、その個性を否定しないことを大前提として、その子なりの目標達成力、その子なりに他者とつながる力、その子なりに情動を制御する力、これらを社会情動的スキルといいますが、これらの力を適切な学習によって身につけていくことが大切だと思います。
ただし持ち味が前提ですから、物事に集中できる子どもと物事に集中できない子どもがいたとしても、他の子との比較ではなく、その子なりに面白さを感じたり、前日よりも集中力が高まっていれば、きちんと評価してあげる。大人の側からはそうした見方が重要だと思います。
◇プロフィール
河邉 貴子(かわべ たかこ)
聖心女子大学 教授
東京学芸大学大学院教育学研究科(幼児教育学)修了。東京の公立幼稚園で12年間保育者、東京都教育委員会で4年間の指導主事を経て、教員養成へ。主な研究課題は保育記録の在り方や遊び援助論。学生指導、教育研究、現職の先生方との研修研究が大切な3本柱で、どれが欠けても思考がうまく回らない。
文部科学省幼稚園における道徳性の芽生えを培うための事例集作成協力者、第3期中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員、東京都子供子育て会議委員、日本保育学会理事、NPO法人コミュニティリンクケア東京理事他。
主な著書は『遊びが育つ保育~ごっこ遊びを通して考える~』フレーベル館、共著、2020、『目指せ 保育記録の達人』フレーベル館、共著、2016、『心をとめて森を歩く』フレーベル館、共著、2016 他多数。