子育て・教育
2022年01月20日掲載 / この記事は約15分で読めます
子どもの成長とともに、「子どもに習い事を始めさせたいけれど…」「子どもの才能を伸ばし、豊かな心身を育むためには、何をすればいいのだろうか」と悩まれている親御さんも多いのではないでしょうか。
今回は、ピアニストであり指導者でもある渚智佳さんに「子どもがピアノの習い事を始めるなら何歳からがいいの?」「子どもがピアノを習うことによるメリットとは?」「やる気を出させる方法はあるの?」など、親御さんが抱きやすい疑問に丁寧に答えていただきました。
お子さんにピアノを始めさせるか悩んでいるなら、この記事を通してぜひご自身の疑問や悩みを解消し、音楽に触れることで広がる子どもたちの可能性を感じてください。
ピアノは何歳から始めるべきなの?
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お子さんにピアノを始めさせようかと考えている親御さんにとって「何歳から始めたらいいのか」は悩ましい問題のひとつかもしれません。しかし、結論から言うと「何歳から、と年齢で区切る必要はない」と思うのです。なぜなら、子どもにはそれぞれ精神面や身体面での発達に大きな個人差があるためです。ピアニストになるなら小さい頃からピアノを習っていないとダメなのでは?と思われるかもしれませんが、中には10歳頃からピアノを始めてプロのピアニストになったという方もいます。
また、ピアノは、ヴァイオリンのように子どもの身体のサイズにあった分数楽器があるわけではなく、子どもも大人も同じサイズの楽器を弾くことになります。手の小さな子どもにとって、大人と同じ大きさの鍵盤を弾くことは、手の関節の働き、筋力や骨格の発達といった点でなかなか難しい面があるといえるでしょう。
では、早すぎるのもよくない?と考えてしまいそうですが、身体的にさまざまな難しさがある反面、脳が柔軟なうちにピアノに触れる体験は大変貴重なものです。ピアノはたくさんの音を操る楽器ですから、左右の手指を同時に動かしながら多くの音を浴びることになります。子ども本人はまだ幼く無意識かもしれませんが、自然と運動機能が向上し、音感が育まれていきます。
ピアノを始める時期について「ちょっと早すぎるかな」「もう遅いよね」と考えるのではなく、お子さんや親御さんに「弾いてみたい」「やらせてみたい」という意欲が芽生えた時期が一番の始め時だと思います。小さなお子さんが自分自身でやる気になる、というのも難しいでしょうから、早いうちに親御さんが音楽のきっかけを与えてあげるものよいでしょう。
知っておきたい!子どもがピアノを習うメリットとは?
それでは子どもがピアノを習うことによるメリットにはどんなものがあるのでしょうか?
メリット①:多くの感覚を鍛えることができる
ピアノは指を使って演奏する楽器なので、主に鍛えることができるのは手やそれに付随する器官だけでは?と思われるかもしれません。しかし、実際にはピアノの演奏は五感をフルに使って行われます。
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楽譜に書かれた音符の意味(音の高さやリズムなど)を瞬時に読み取る「視覚」と「数学的理解力」、鍵盤に触れる指先の「触覚」、鍵盤の幅や白鍵と黒鍵の凹凸を感じる「空間認知能力」、指先へ繋がる全身の動きをコントロールする「運動能力」、出した音が間違っていないか、どんな音色で鳴っているかをフィードバックする「聴覚」、さらには曲想をつかむ「想像力」まで、一つの曲を弾くだけでもさまざまな感覚を同時に駆使しています。
「ピアノを弾く」ということは、一見すると指先や耳だけを使っているかのようですが、実は全身のあらゆる感覚を鍛えることに繋がっているのです。
メリット②:感情を開放し、伝えることができる
音楽は情動を外へ開放する力を持っています。お子さんのピアノを聞いていると「この子はこの曲をワクワクする気持ちで弾いているんだな」「この子はこの曲が大好きなんだな…」と、音を聞くだけでも心の動きを感じることができます。
心の動きを音に乗せて表出する機会を持つことはとても重要です。音楽を通してこうした経験をしておくことで、たとえ将来音楽の道に進まなくとも、何か困難に向き合わなければならない時、音楽がその子の試練を乗り越える力の一つになってくれるでしょう。
メリット③:人前に出る度胸と礼儀が身につく
ピアノの習い事でもう一つ思い浮かぶのが、ホールなどで多くの人の前で演奏する発表会ではないでしょうか。習い事は他にもスポーツや英語などいろいろなものがありますが、多くの観衆の前でたった一人で舞台に立ち、自分の心と身体をフルに使って何かを表現するという経験は、音楽ならではのものかもしれません。こうした経験の積み重ねは、人前で堂々と自分の意見を打ち出すプレゼンテーション能力の土台になります。
こうして見ていくと、ピアノを習うという経験は、ただ楽器としてピアノが弾けるようになるだけではなく、その子自身の生きる力や将来の糧となっていくと考えられます。
ピアノの習い事をするなら、個人レッスンとグループレッスンどちらがいいの?
グループレッスン、個人レッスン、ピアノを習うなら選択肢はさまざまです。それでは、自分の子どもに合った教室はどのように選べばよいのでしょうか?それぞれのメリットや、選ぶポイントについて考えていきましょう。
個人レッスンのメリット
個人レッスンのメリットは、その子の状態に合わせて注意深くケアができる点です。特に小さな子どもの場合、身体面や精神面での発達に個人差があるため、指導方法や使用教材を柔軟に考えられる個人レッスンであれば、個々の状況に合わせた指導が可能です。
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また、一概に「ピアノを習う」と言っても、目的意識はご家庭によってもさまざまでしょう。例えば「プロのピアニストを目指して真剣にやりたい」、あるいは「ピアノを通して、集中力や思考力、また鋭敏な聴覚など、音楽以外の勉強にも役立つ力を身につけてほしい」など。それぞれの状況や目的に寄り添ってもらいやすいのも個人レッスンのメリットといえるでしょう。
グループレッスンのメリット
グループレッスンでは「ほかのお友達の演奏を聴くことができる」という点がメリットのひとつといえます。同じ曲でも人それぞれ表現の仕方はさまざま。同年代のお友達が自分とは違う感じで演奏しているのを聴くことで発見や気づきが生まれ、その子ども自身の表現の幅もまた広がっていくのです。また、良い意味でのライバル意識が自然に芽生え、「あの子に負けないようにもっとうまくなりたい」「あの子が弾いてる曲を自分も弾いてみたい」といったモチベーションアップにも繋がります。
一律に個人レッスンの方が良い、グループレッスンの方が良い、といった正解はありません。お子さんをよく観察して「うちの子はマイペースだから、先生にじっくり付き合ってもらえる個人レッスンにしよう」「うちは一人だとなかなか練習に向き合えないかもしれないから、同年代のお友達と一緒に楽しく取り組めて刺激をもらえるグループレッスンにしよう」など、それぞれのお子さんの性格や習う目的に合わせて、納得できる教室を選ばれるとよいでしょう。
ピアノの習い事について知っておきたい素朴な疑問
ピアノの習い事を始めるにあたっては、「本格的な楽器を用意するのはいつ?」「いつまで続ければいいの?」といったさまざまな疑問が浮かびます。主なものについて、渚さんにアドバイスをいただきました。
①本格的な楽器を用意するのはいつ?
まずは気軽に習い始めるためにも、「どんな楽器でも構いません」と言いたいところですが、できれば早いうちから生の楽器の音に触れてほしい、というのが本音です。幼いうちから良い音を耳に入れてあげることで、その子どもが奏でる音は確実に変わっていきます。グランドピアノは難しくとも、できるだけ早いうちにアップライトピアノなどアコースティックなピアノの音に触れる環境を作ってあげてください。
②ピアノの習い事はいつまで続けさせればいいの?
ピアノを習わせている間に「このまま習わせていていいのか」「別の習い事に変えようか」といった疑問や不安が出てくるかもしれませんが、音楽というものは「ここまで習ったからもうおしまい」と片付けてしまうにはとても惜しいものです。音楽には100点満点がなく、ゴールがないのです。それが素晴らしいところだとも思います。
音楽と向き合う人の多くは、人生の節目節目に「音楽があってよかったな」と感じることがあるはずです。「ここで終わり」と線を引いてしまうのではなく、長い目で見て、音楽を自分の支えとして生涯楽しめるようになるくらいまで習わせてあげることが、目の前のメリットを数えるよりもずっと価値があるのではないかなと感じています。
③ピアノを習うことで社会に出た時に役立つこととは?
一つの曲を仕上げるまでに何度も繰り返し試行錯誤しながら練習し、そして人前で緊張した中で演奏する。こうした経験の積み重ねで、知らず知らずのうちに集中力、思考力、忍耐力、実行力などが養われ、自信を持って自分の意見を堂々と表に出す力が培われます。これらは生きていくために必要な、何事にも通じる力だと思います。社会に出た時、例えば仕事上でのプレゼンテーションなどの場面で、このような「人間力」があるのとないのとでは確実に差が出てくると感じます。また、コツコツと物を作り上げていくような仕事においても、ピアノで培われた根気強さは確実に活かされるでしょう。
さらに、気分転換に自分の好きな曲を弾くと、演奏による適度な運動と心の解放によってストレス解消効果が期待できます。ピアノが弾けること自体が大変貴重なことですから、音楽の世界でなくても活躍の場が広がることもあるでしょう。加えて音楽を「聴く楽しみ」も倍増します。音楽をきっかけに人間関係の輪が広がるようなこともあるかもしれません。
やる気が出ない…。そんな時はどうすればいいの?
子どもにピアノを習わせてみたいけれど、「もうピアノを辞めたい」「レッスンに行きたくない」と言われてしまったら、どう対処すればいいのでしょうか?ピアノを習わせる前に知っておきたい、スランプの対応方法を聞いてみました。
まずは、気持ちが落ち着くのを待ってみよう
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ピアノを長く続けている子どもでも、一時的に「ピアノが嫌いになった」「もう弾きたくない」といった悩みを抱えてしまうことは少なくありません。無理矢理「練習しなさい!」と追い立ててしまうとかえってやる気をなくし、楽しさや充足感も味わえなくなってしまいます。一時的に意欲が低下しても、親御さんは焦らずに少し余裕を持って見守り、待ってあげてください。
先生とコミュニケーションをとったり、得意なことや好きなことだけやってみたりするのも効果的
迷ったり悩んだりした時は、親御さんだけで悩みを抱えるのではなく、ぜひ先生に相談をしてみてください。親御さんと同様に子どもを見守っていてくれる先生だからこそ「少しゆっくりしたペースで無理せずやってみましょう」「ピアノを嫌いにならないように、○○ちゃんの好きなことを探してやってみましょう」など、その子の状況に合わせた学習方針を示してもらえるかもしれません。また、専門家である先生とのコミュニケーションを通して、子どもがどこに躓いているのか、何に対して苦手意識を持っているのかなどが具体的に見えてくる可能性もあります。
誰にも得意なことと苦手なことがあるように、音楽でも曲想や演奏テクニックの面で得手不得手があります。スランプに陥った時は、あえて苦手を克服する辛い練習は一旦お休みして、その子にとって得意な曲、またその子が好きな曲だけに取り組み、達成感や喜びを感じさせるようにすることも大切です。良いところや頑張った点をたくさん褒めてあげて、親子で一緒に楽しんでもらえるとよいと思います。
親ができる子どもへの声掛けとは
それでは、ピアノの上達のために親御さんはどんなことを心がけるとよいでしょうか。年齢別に考えていきましょう。
幼児期(3~5歳頃)の場合
この時期は、まだ手も小さく、指関節や筋力も未発達のため、思うように鍵盤を弾くことが難しい年齢です。「ものをつまむ」「ボールを握る」「おもちゃを掴む」といった日常の動作を通して指の発達を促すことがピアノを弾くことにリンクしていきます。ただ指の力を鍛えるというより、ぜひ遊びの延長線上で行うというイメージを持ちつつ、ゲーム感覚で楽しく実践してみましょう。
小学校低学年のお子さん(6~8歳頃)の場合
小学校低学年の時期もまだ指先の力は十分とは言えませんが、無理のない範囲で少しずつ鍵盤に慣れ親しみ、弾けるようになる楽しさを味わえるとよいと思います。「ピアノは面白い!」「楽しい!」と感じる気持ちを大切にし、成長するにしたがって「この曲を弾いてみたい」「こんな風に弾きたい」という自発性を引き出すよう意識していきましょう。それには、難しい曲を繰り返し練習するだけでなく、少し簡単なもので「できる喜び」を積み上げ、自信をつけさせてあげるとよいでしょう。
一方で、時々はほんの少し背伸びをして、今の実力より少しだけレヴェルの高い曲を選ぶことで、成長を促すことも大事です。今までできなかったことができるようになった達成感、やり甲斐を感じることで、モチベーションアップに繋がり、新たな目標に向かって進む原動力となることでしょう。
音楽を通して子どもの可能性を広げよう
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音楽は、算数や国語など点数化できる教科と比べて、はっきりとした良し悪しが分かりづらいため、親御さんにとって成果が見えにくいところがあります。ただ、それは裏を返せば「正解はひとつではなく、一人一人の個性が生かせる」ということです。壁を一つ一つ乗り越えていった先に、さらに新しい目標を持つことができる。そしてその先に無限の可能性が広がっているのが音楽の素敵なところです。
子どもたちは今、たくさんの新しい体験を積み重ねていく時期です。ピアノを弾くことでさまざまな感覚が刺激され、それらが無意識のうちに音楽以外の体験とも結びついていきます。その結果、豊かな感受性を育み、さまざまな能力の発達にも相乗効果を生みます。「このメロディーのこの音が素敵だな」「この和音の響きがカッコいいな」「あの時見た○○の色のようにきれいな音色で弾いてみたい」「この曲はどんな気分なんだろう?」「私はこんな風に感じるな!」など、お子さん自身で感じ考えながら弾くことがとても大切なのです。ピアノを弾くことで身に付く力は無限にあります。親子で一緒に音楽を楽しみながら、子どもたちの未来の可能性を広げていきましょう。
◇お話を伺った方
渚 智佳(なぎさ ちか)
ピアニスト。東京音楽大学専任講師。
全音ピアノライブラリーCDシリーズでは各種「ツェルニー」や「ソナタ・アルバム」など20タイトルを超える録音を行なう。現代作曲家B.スターク氏の作品集CD「Muse」をアメリカにてリリース。ヤマハ音楽振興会においてピアノ指導者のためのオンデマンド講座、教材曲集の編纂や録音にも多く携わる。演奏活動の傍ら編曲なども手掛け、フォスターミュージックより「R.シュトラウス:英雄の生涯(吹奏楽編曲)」が出版されている。これまでに全日本学生音楽コンクール、園田高弘賞ピアノコンクールなど数々のコンクールで優勝。東京都交響楽団、チェコ・フィル八重奏団はじめ内外のオーケストラやアーティストと共演している。東京音楽大学ピアノ演奏家コース卒業、東京藝術大学大学院修了。