子育て・教育
2021年05月11日掲載 / この記事は約7分で読めます
幼児教育における「遊び」の重要性と非認知能力の育成について河邉貴子先生(聖心女子大学教授)にお話を伺う当連載。最終回となる第3回は子どもの遊びを読み解くポイント、そして読み解きのための保育記録の手法「SOAP」について、また音楽は幼児教育にどんな貢献ができるかについてお話を伺いました。
連載
河邉貴子先生に聞く 非認知能力は豊かな「遊び」を通じて育まれる
保育を記録して「遊び」を読み解く
子どもの遊びから「動機と経験」を読みとる
前回の「子どもたちの遊ぶ様子から、今どういう状態なのかをよく見極めることが大切」というお話がありました。具体的には子どもの遊びのどんな点に注目すればいいのでしょうか。
――幼稚園や保育園には常に複数の子どもがいて、それぞれが好きな遊びをしていますよね。そこでは個と全体、長期と短期という見方が重要になります。まず基本は誰と誰がどこで何をしているのか。これはいちばん基本的なことですので必ず押さえなくてはいけません。ただ日本は欧米に比べて1人の先生が見る子どもの数が多いんですね。日本の幼稚園の場合は1学級の定員が35名までとなっています。ですからこれだけでも大変なことではあります。
とはいえ「誰と誰がどこで何をしているのか」を見ているだけでは保育にはなりません。全体を見つつ個別にもフォーカスを当て、そこからさまざまな要素を読み解くことが大切です。ではどんなことを読み解けばいいのでしょうか。
まずは「動機と経験」です。いまこの子は何が面白いのか、どんな遊びの課題を持っているのか、どんな動機で遊んでいるのか。それを読み取っていきます。
写真提供:PIXTA
次に大切なのが、その遊びを通じてどんな経験をしているのか、人との関わり、あるいはモノとどう関わっているのかを読み解きます。特に子どもの側に立つ保育を考えた時に、子どもが何をしているのか、何を面白いと感じているのかを知ることは非常に重要で、そこを読み解けないまま保育を行うと、どうしても保育士の一方的な保育になってしまいます。
「主体性」と「次のイメージがあるか」
――次に見なくてはいけないのは、子どもが主体的に動いているか。主体的に動けるということは「この子は積極的だが、この子は積極的ではない」といったような見方ではありません。その子が興味や関心を持てるものに出会えているのかということです。それには環境との関係性が重要で、子どもがその環境に意味を見出せているのかを見るのがポイントです。たとえば、ブロックや積み木の遊びに取り組んでいる子どもがいたとしたら、他児の遊びの動線と重ならないように、集中して取り組めるような空間を確保し、その子なりの面白さを追求できるようにします。
さらに「次の遊び」のイメージがあるか。その次はこんな風にしてみたいという遊びの目標はその子の内側から湧き出るものですが、次の目標が湧き出てくるようなものに出会えているのか。次々と自分なりの遊びの目標を生み出すことができているか。そこもしっかりと見る必要があります。
「他者との関わり」と「モノの特性」
――また遊びを通じて他者とどう関わっているのかを見るのも重要です。最初は動作が他の子どもと共鳴したり身体が同調することが楽しかったりします。みんなといっしょにジャンプして楽しいとか、音楽でもリズムに合わせていっしょに何かをやることをどれだけ楽しめるか。
そして仲間との関係がもっと深まってくればさらに面白さが広がります。みんなで解決したい問題がもっと大きくなってくるので、みんなで話し合ったり試したりということがはじまります。
写真提供:PIXTA
たとえば回転寿司ごっこをみんなでやっている。そこでお寿司をどう回そうかっていうことが問題になります。みんなで相談をしてカウンターの中に数人が入っていっせいのせで回したらどうか、というようなやりとりが生まれます。それに「タッチパネルで注文できたらいいよね」って誰かが言うとそのタッチパネルを作ったり。人間関係が深まってくれば相談も上手になってくるし、スキルも高まるのでこのような複雑な遊びも楽しめるようになってきます。
それともう一つがモノの特性ですね。モノや事柄の特性をどう受け止めているか。たとえば双眼鏡。5歳児なら双眼鏡は「遠くの物が大きく見える」という特性がわかっているので道具として使えますが、3歳児だと双眼鏡を持っても、どう使ったらいいのかわからず、その特性は生かせません。同じ道具を使ってもモノの特性を受け止めて遊べるかどうかで、遊びの深さが変わってきます。
読み解きのための保育記録「SOAP」
そういった「読み解き」のために河邉先生は保育記録のあり方などについて提案されています。ご紹介をいただけないでしょうか。
――先ほど挙げたようなポイントを遊びから読みとるためには、しっかりとした視点が必要です。私が保育記録で提案しているのは「SOAP」という記録方法です。SOAPはもともと看護記録の手法で患者が持つ問題を多面的かつ正確に捉えるためのものですが、それを保育記録に応用しています。
「SOAP」のSはサブジェクト、Oはオブジェクト。Aがアセスメント、Pがプランを意味します。
【S】は保育者が見た子どもの姿、だれとだれが何をして遊んでいたかなどを記述します。
【O】は保育者がそこから読み取ったこと(子どもは何を面白いと感じていたか、どのような経験や育ちがあったか等)を記述します。
【A】は保育者の願いです。子どものこれまでの経験を受けて、次に必要な経験を検討します。これは保育の質を高めるためにとても重要なプロセスです。
【P】は次に求められる環境の構成を記述します。Aで書いた経験が満たされる活動や環境、援助を検討するものです。
具体的に言えば、子どもを観ている時の視点がSとO、次の指導につなげるためのものがAとPという感じでしょうか。
幼児教育において音楽が貢献できることは何か
最後にお伺いします。幼児の教育、特に非認知能力の育成において、音楽にはどのような可能性があると河邉先生はお考えでしょうか。
――やっぱり子どもが遊ぶってことは、心が弾んでいる、心が揺り動かされていることだと思うんです。音楽って耳から入ってきて心がワクワクしますね。そうすると子どもは身体も弾みます。それはリズムだけでもそうなりますし、メロディがつけばより心が弾みます。音、音楽には大きな力があると思うんです。
たとえば「トマト」っていう可愛い歌があるんですけれども、トマトを育てているとトマトの苗木の前で自然に子どもが「トマトの歌」を歌ってたりするんですね。その時の情感とか季節感に合った曲に出会えていれば、その曲が自分の感性や感覚を増幅してくれて、子どもたちの生活がもっと豊かに感じられるんじゃないかと思います。そのように自分の気持ちを表現できる手段のひとつとして、音楽はとてもいいものだと思っています。
写真提供:PIXTA
また私は長い間保育者をやってきましたが、心の繋がりがいいクラスって、歌う声も綺麗なんです。集団の豊かさや温かさ、心の繋がりということって、みんなで声を合わせる、みんなで音を合わせることで強められていくのだと思うんです。豊かな音楽性は集団の親和性を高めることにも貢献するのではないでしょうか。
(おわり)
文・編集:池谷 恵司(いけや けいじ)
(当連載は2020年10月26日に取材した内容をもとに作成しております)
◇プロフィール
河邉 貴子(かわべ たかこ)
聖心女子大学 教授
東京学芸大学大学院教育学研究科(幼児教育学)修了。東京の公立幼稚園で12年間保育者、東京都教育委員会で4年間の指導主事を経て、教員養成へ。主な研究課題は保育記録の在り方や遊び援助論。学生指導、教育研究、現職の先生方との研修研究が大切な3本柱で、どれが欠けても思考がうまく回らない。
文部科学省幼稚園における道徳性の芽生えを培うための事例集作成協力者、第3期中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員、東京都子供子育て会議委員、日本保育学会理事、NPO法人コミュニティリンクケア東京理事他。
主な著書は『遊びが育つ保育~ごっこ遊びを通して考える~』フレーベル館、共著、2020、『目指せ 保育記録の達人』フレーベル館、共著、2016、『心をとめて森を歩く』フレーベル館、共著、2016 他多数。