これまで、音楽を聴いたり歌ったりする際には脳のさまざまな部位が関与すること、光る脳画像が表すのはその課題をしているときにベースラインに比べて脳のどの部位が活動しているかであることを述べました。“頭を使う”課題をすれば、脳のどこかは活動します。九九やしり取り、あるいは数を数えたり、単に体を起こして景色を見るだけでも、安静にしているときに比べて脳はより強く活動します。特に前頭葉は、何かの認知課題をすればほぼ間違いなく活性化します。音楽はもちろん読書や計算・おしゃべり・歩行などなんでもいいのです。何かをすれば脳のどこかが光るというのは、紙を1枚持ち上げたら腕の筋肉を使うというのと同じです。確かに、何かの動作をするには筋肉を使います。けれどもそれが筋肉トレーニングとして有効かどうかは、まったく別の問題です。脳もそれと同じで使うことだけでは、認知機能のトレーニングやリハビリにとって、必要条件ではあっても十分条件ではないのです。
では、音楽療法か有効かどうかは、何でもって示せばいいのでしょうか?最新の科学の粋を集めた光る脳画像で不十分だとしたら、そのようなことがそもそも可能なのでしょうか?
音楽療法の有効性を示すために必要なもの、それは最新の画像機器でも特別なコンピューターソフトでもありません。紙と鉛筆、手と口と耳で十分なのです。つまり、音楽療法により患者に生じた認知機能や生活活動の変化を、患者への質問や家族へのインタビューに基づいて正しく評価することにより、音楽療法の効果を示すことができます。
正しい評価には、いくつか必要なことがあります。まず、あらかじめプログラム全体をきちっと立てること。音楽療法の有効性をみるためには、療法を行う前後で同じツールを用いて評価しなければなりません。音楽療法を始める前からどういう評価ツールを用いるか、決めておく必要があります。第二に、評価ツールには信頼できる検査バッテリーを用いること。できれば標準化され、基準値が設定され、汎用(はんよう)されるものを用いるのがベストです。貴金属を買うなら保証書付きのものを買った方が良いのと同じです。第三に、音楽療法の内容が患者の抱える問題の改善に役立つという先行例あるいは合理的説明があること。音楽療法は万能薬ではありません。効果の期待できる症候とそうでないもの、あるいは起こり得る副作用があります。患者の苦手なこと、保たれている能力は、疾患ごとに特徴が異なります。手の運動障害と歩行障害のリハビリ内容が異なるように、疾患の特徴に応じた音楽療法の内容設定が必要です。
以上のように、正しい疾患と症候への理解に基づき、適切な療法の内容を組み立て、信頼性の高い検査ツールを用いて認知機能や生活活動の変化を評価することにより、音楽療法の有効性は表すことができるのです。
では、脳画像の果たす役割は何でしょうか?それは、効果をもたらした脳内メカニズムを明らかにするということです。ある課題が認知機能を改善させると確認された場合、その課題が脳に何らかの機能的変化をもたらしたと考えられます。脳賦活化実験を行うことにより、生じた脳の機能的変化、言い換えると改善の生理的メカニズムを示すことができます。ここで大切なのは、心理・行動上のデータにより有効性が確認されていることが大前提です。間違っても、「心理・行動上のデータは変化なし。だが、脳画像が光っているからこの課題は有効である」などと、本末転倒な解釈をしないことが重要です。
音楽療法の有効性を示すのは心理・行動上のデータ。脳画像はその脳内メカニズムを示す。