赤ちゃんに聞かせる音楽として真っ先に頭に思い浮かぶのは、子守歌や遊び歌などのママやパパによる「歌いかけ」ではないでしょうか。ところが、最近ではさまざまな育児グッズやおもちゃ、スマートフォンアプリの開発により、赤ちゃんの音楽環境も少なからず影響しているようです。最近の調査では、ママやパパが赤ちゃんに積極的に歌いかけたり、音楽を選んで聞かせたりするよりも、流れてくる音楽を赤ちゃんと一緒に聞くという受動的な聞き方が増え、歌いかける頻度が減少しているというデータもあります。
それでは、赤ちゃんはどんな音楽を好むのでしょうか。2つの研究をご紹介しましょう。
1つめの研究では、5~11カ月の赤ちゃんに、初めて聞く外国語の歌のアカペラバージョンと伴奏つきバージョンを聞かせるという調査が行われました。その結果、赤ちゃんは声だけのシンプルな歌いかけバージョンの方を長く聞くという結果が出ました。これは、赤ちゃんにとって人間の声が注意を引きつける魅力をもった音であることや、音を聞いたり理解したりする力がまだ発達段階にある赤ちゃんは、よりシンプルな刺激を好むことなどが理由として考えられています。
2つめの研究では、1歳になったばかりの赤ちゃんに、クラシック曲を「赤ちゃん向け」にアレンジした電子楽器による演奏のものと、オリジナル演奏のものを聞かせる調査が行われました。赤ちゃん向けにアレンジされた曲は、音色が異なるだけでなく、強弱やハーモニー、タイミングのニュアンスといった表現が控えめで単調であるという特徴があります。ところが、結果としてははっきりとした好みの傾向はみられませんでした。
また、別の研究では、乳幼児にはなじみの低いラヴェルの2曲を、8カ月の赤ちゃんに聞かせたところ、オーケストラ演奏のものは聞き分けることができましたが、ピアノ演奏では聞き分けることができませんでした。しかし2週間、同じ2曲を赤ちゃんに聴かせ、さらに2週間おいた後では、ピアノ演奏でも聞き分けることができたのだそうです※1。
一般的に、複雑な音楽は赤ちゃんには向かないと思われがちですが、従来考えられてきたよりも、赤ちゃんは複雑な音楽の特徴を詳細に聞き分けることができ、なじみの低い複雑な音楽も、繰り返し聞くことで学習できることがわかりました、1歳までに出合う音楽の種類や、それを聞く頻度は、赤ちゃんの音楽の好みや聞き分ける能力に影響を与えることがこれらの研究からわかっています。
ママの中には、子どもの耳を育てるために、歌が下手な自分は歌いかけをしない方がよいのでは?と考える人も少なくないようです。確かに自分が歌わなくても、最新の音楽アイテムやアプリで赤ちゃんの音楽経験を増やすことはできるかもしれません。それでも、ママやパパによる直接の歌いかけは、赤ちゃんをやすらかな気分に導き、注意を引きつけ、いろいろな場面に応じて歌い方を変化させることもできる、とても優れたコミュニケーションツールです。赤ちゃんが歌いかけを通して知ることができた音楽の楽しさや心地よさは、そこから先に広がっていく音楽の世界をより魅力的なものにします。ぜひ、たくさん歌いかけてあげてください!
梶川 祥世(かじかわ さちよ)
玉川大学 リベラルアーツ学部 教授/脳科学研究所
専門:発達心理学