子育て・教育
2020年11月12日掲載 / この記事は約13分で読めます
子どもの発達におけるキーワードである「非認知能力」に関連して、さまざまな専門家の先生が昨今の教育について語る本シリーズ。NHK Eテレの育児情報番組「まいにちスクスク」等への出演でもおなじみ、岩立京子先生(東京家政大学教授、東京学芸大学名誉教授)に幼児教育の動向を伺います。
今日の幼児教育の目指すもの
幼児教育関連三法の改訂
日本において小学校就学前の子どもが通うことのできる場所は大きく3つ、保育所、幼稚園、認定こども園があります。これらの幼児教育の基準となる『保育所保育指針』『幼稚園教育要領』『幼保連携型認定こども園・保育要領』は、2017(平成29)年に改訂・告示されました。改訂によって、何が変わろうとしているのでしょうか。
――『保育所保育指針』『幼稚園教育要領』『幼保連携型認定こども園・保育要領』は、まとめて幼児教育関連三法令と呼ばれます。これらの改訂から、今年で3年目に入りました。
日本の幼稚園等施設は、長い間、保育所と幼稚園に別れ、前者は、家庭での保育に欠ける幼児の保育を補完するものとして、後者は、家庭での保育が行われていることを前提に、学校教育としての学びを、遊びを通して行うことを目的としてきました。親の就労の有無によって、幼児に提供される保育に違いがありました。
今回の改訂では、3歳以降のすべての子どもたちには、学校教育としての幼児教育を提供するとして、ねらいや内容を同一化しました。また、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が明示され、それを目指して長い見通しで連続性をもって教育を行うことが目指されるようになりました。保育所や認定こども園には乳児や3歳児未満の子どももいる訳ですが、やはりその段階から3歳以降の教育につながるように全体的な計画をしっかりと構想していかなければならないことになっています。
学びを積み上げる
3歳以降の子どもたちへの教育のねらいと内容が、幼稚園・保育所・認定こども園で共有されるとは、何を意味するのでしょうか。
――今回の改訂では、社会に開かれた教育課程、3つの資質能力や幼児期の終わりまでに育って欲しい姿など幼児教育において重要な考えが示されましたが、それらの理解のもとで幼児期の教育の質を高めることと、小学校への接続がポイントの一つになっています。それは、学びを積み上げていくということです。幼稚園や保育所等は楽しければ、それでいいという訳ではなく、園での遊びや生活から生まれる学びを読み取り、それを広げ、深めていくことが求められています。
それでは、その学びとは何を指すのでしょうか。実は、学びと聞いて想像されることは人によって大きく違います。が、やはり日本が長年培ってきた幼児教育の元となる三法令の中に大きな学びの方向性を見て取ることができます。現在、『幼稚園教育要領』では5つの領域にそれぞれ「ねらい」と「内容」が示されています。ここでの経験すべてが学びです。
一例として「表現」の領域を見ると、「ねらい」には「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにする。」と書かれています。ここから、感性とは何なのか、ここでの表現とは何かというと、子どもの世界観の表現なんですね。心的世界の表現と言ってもよいかもしれません。媒体となるのが音楽であろうとアートであろうと、言葉であろうと身体であろうと、子どもの世界観を総合的に表現していくことが目指されています。身近な世界で、多様なもの、美しいものに出会い、心を動かし、考えたことをあらゆる媒体で、主体的に表現し、楽しんでいく学びです。
幼稚園教育要領の5つの領域 |
<健康>
健康な心と身体を育て、自ら健康で安全な生活をつくり出す力を養う。 |
(1)明るく伸び伸びと行動し、充実感を味わう。
(2)自分の身体を十分に動かし、進んで運動しようとする。
(3)健康、安全な生活に必要な習慣や態度を身に付ける。 |
<人間関係>
他の人々と親しみ、支え合って生活するために、自立心を育て、人とかかわる力を養う。 |
(1)幼稚園生活を楽しみ、自分の力で行動することの充実感を味わう。
(2)身近な人と親しみ、かかわりを深め、愛情や信頼感をもつ。
(3)社会生活における望ましい習慣や態度を身に付ける。 |
<環境>
周囲の様々な環境に好奇心や探究心をもってかかわり、それらを生活に取り入れていこうとする力を養う。 |
(1)身近な環境に親しみ、自然と触れ合う中で様々な事象に興味や関心をもつ。
(2)身近な環境に自分からかかわり、発見を楽しんだり、考えたりし、それを生活に取り入れようとする。
(3)身近な事象を見たり、考えたり、扱ったりする中で、物の性質や数量、文字などに対する感覚を豊かにする。 |
<言葉>
経験したことや考えたことなどを自分なりの言葉で表現し、相手の話す言葉を聞こうとする意欲や態度を育て、言葉に対する感覚や言葉で表現する力を養う。 |
(1)自分の気持ちを言葉で表現する楽しさを味わう。
(2)人の言葉や話などをよく聞き、自分の経験したことや考えたことを話し、伝え合う喜びを味わう。
(3)日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、先生や友達と心を通わせる。 |
<表現>
感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにする。 |
(1)いろいろなものの美しさなどに対する豊かな感性をもつ。
(2)感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。
(3)生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現を楽しむ。 |
小学校との接続
5つの領域にはそれぞれ「ねらい」と「内容」が掲げられ、さまざまな力を養うことが意図されています。小学校以降は教科学習がありますが、幼児の場合はどうやってこれらの力が育まれていくのでしょうか。
――幼児教育において育みたい資質・能力は「知識・技能の基礎」「思考力・判断力・表現力等の基礎」「学びに向かう力・人間性等」の3つに整理されます。
なぜ今回の改訂でこのように分けられたかというと、幼小中高をつなげる目的が大きいです。小学校以降の教育のねらいと内容は『学習指導要領』に定められていますが、そこでは「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」という言葉が用いられています。昔から幼稚園では知識や技能をちゃんと扱っていましたが、「楽しむ」「味わう」などの言葉が強調されるあまり「幼稚園って楽しくていいね」と捉えられるきらいがありました。そこで、今回、それを含む3つの資質・能力に再整理され、幼小中高共通の言葉で示されたのです。
具体的に、例えば木工を楽しむ時間を考えてみましょう。子どもにとっては、やはりトンカチが上手に使えた方がより楽しいですよね。試行錯誤の末、失敗経験ばかりが続いたら動機付けにはなりません。つまり、本当に楽しくなるために必要であれば、やり方を覚えたり、それをできるようになる技術や知識、思考力などが必要なのです。
今回の3法令の改訂では、日本の幼児教育が大事にしてきた豊かな心情・意欲・態度などの「学びに向かう力・人間性」だけでなく、「知識・技能の基礎」と、いろいろな領域に通底する「思考力・判断力・表現力の基礎」が育みたい力として明示されました。この3つの資質・能力という考え方で、幼稚園から高校までの学校教育の目的が繋がりました。
意味を問うプロフェッショナル
国語や算数などの教科ではなく、遊びや生活を通して子どもにさまざまな体験の機会をもたらす、幼稚園等施設の先生はどのように保育をデザインするのでしょうか?
――幼稚園には、何層にもわたる指導計画があります。まず、幼稚園は学校教育法に規定される「学校」組織で、全ての学校には、入園(学)から、修了までの教育のねらいと内容を定めて教育課程をおかねばなりません。全ての幼稚園には学びの地図ともいえる教育課程(カリキュラム)が必要です。それに基づいて年間計画、期間計画、週案等が具体化され、最後に1日の計画を立てられます。これらは固定的なものではなく、目の前の子どもたちの学びに相応しいように応用されて、実践されます。毎回、思い付きで指導していっても、それを深めてつなげていくことが難しいからです。子どもが楽しいというだけではなく、少しずつ軌道修正を重ねて学びを積み上げていくには長期的な見通しがなければなりません。
写真提供:iStock
幼稚園等施設における幼児教育では、伝統的に意味を問うんですね。子どもにとって散歩とは何だろう、散歩で子どもたちが経験するものは何だろう、今日の散歩と明日の散歩は何が違うんだろうと。たとえ保育者が同じ道を散歩しようとも、子どもの中には新しい体験が生まれているかもしれません。だからこそ、子どもにとっての意味を問いながら本質を追及し、尚かつその学びを深めていこうと考えるのです。
表現領域を例にすると、例えば楽器との出会いを3歳くらいにしておきます。どこかに1つトライアングルを吊り下げておくと、「先生あれなあに」から始まります。「これね、すごい音がするんだよ。不思議な音だからよく聴いててね。1回しかやらないよ」と先生が言えば、子どもは本当に集中して耳を澄ませます。
こうして1つの楽器の1つの音との出会いをつくり、4歳ではケンケンパのような身体運動とリズム打ちを交互に行い、遊びとして積み上げていきます。そして年長を迎える頃、みんなで合奏して合わせる喜びを知ります。いろいろな楽器に触れ、やっていくので、子どもはお友だちの楽器と交換してやってみようと言っても、すぐにできます。トレーニングではなく、自分が好きでやっているからです。
このように遊びを通して、楽器とは自分にとって何を生み出す道具なのだろうという意味を経験し、学びとして積み上げていくのが、「幼児教育」の目指すところなんですね。すべての領域でねらいと内容を達成していくような豊かな経験から積み上げていきます。
根っこからつなげていく
幼児期にふさわしい学びを積み上げ、小学校以降の教育との接続を意識した幼児教育。その実現にとって大切なこととは?
――今、とても大事なのは、学びの地図をもとにした質の高い保育実践とともに、家庭や地域との連携です。先ほどの楽器との出会いについても、赤ちゃんが何かの棒でトントンと音を鳴らしたとき、親が温かい眼差しで「トントンしてるね」と家庭でも返してあげる、連続的な学びとは、そういった入園前の家庭での学びからの積み上げでもあります。家庭教育と園での保育は連動していくので、保育で重視していることを今どんどん家庭にもお伝えしようとするし、家庭で重視していることを伺って、家庭とともに、子どもを育んでいこうとしています。遊びとは、幼児の環境への主体的関わりであり、遊びを通した学びとは家庭から園、園から家庭へと連動しながら長期的な見通しをもって深めていく考え方だと思います。
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先ほど述べた3つの資質・能力は、小学校以降ではすべて学力と呼んでいますが、中でも「学びに向かう力・人間性等」は昔から日本の教育が大事にしてきたところで、今日、非認知と呼ばれるものにあたります。「知識・技能」や「思考力・判断力・表現力等」が大事ではないと言っている訳ではありません。これらは互いに連動するもので、わかるから楽しく、楽しいからわかってくるのです。
3つの資質・能力の考え方を高校までつないだことで、高校でも知識偏重にならず感性を重視し始めたと聞いています。スポーツでも、一つ一つ頭で考えても動けないことが、オリンピック選手はむしろ身体感覚的にできてしまったりするそうです。そうした感覚や感性の学びの原点はやはり幼児教育にあり、それらを積み上げていくことが大事なのだと考えています。
文・編集:小山 文加(おやま あやか)
(当連載は2020年7月28日に取材した内容をもとに作成しております)
→「2.認知と非認知の連動」につづく(全3回連載予定)
◇プロフィール
岩立 京子(いわたて きょうこ)
東京家政大学子ども学部子ども支援学科教授
東京学芸大学教育学部、大学院修士課程を経て、筑波大学大学院博士課程心理学研究科心理学専攻に進学。平成5年に、博士(心理学)を取得。専門分野は幼児教育、発達心理学。最近の研究テーマは幼児教育における様々な評価。筑波大学大学院博士課程修了後、筑波大学心理学系技官を経て、東京学芸大学幼児教育科で34年勤務の後、令和2年4月より現職。日本乳幼児教育学会常任理事、日本保育学会監事、全日本私立幼稚園幼児教育研究機構理事、保育教諭養成課程研究会理事、東京都私学助成審議会委員。主な著書に『子どもの道徳性の発達』ミネルヴァ書房 54-68、『親が親として発達するための支援とは』保健士ジャーナル(「特集 親として育つことを支える 育児不安・困難感解消のための親支援」75(4), 289-292)、『幼児理解の理論と方法』光生館 31−43、ほか多数。