子育て・教育
2020年11月05日掲載 / この記事は約10分で読めます
遠藤利彦先生(東京大学教授)のシリーズでは、第1回から前回の第3回にかけて「非認知能力」とは何か、「非認知能力」が広まった背景と今日注目される理由、そして子どもが「非認知」と呼ばれる力を身に付けるには「アタッチメント」が不可欠だというお話を伺ってきました。今回は最終回。乳幼児の発達における「遊び」のもつ重要な役割とは……?
連載
もっと知りたい!子どもの発達に関するキーワード 遠藤利彦先生に聞く「非認知能力」
乳幼児の「遊び」は「学び」
孤独な科学者としての遊び
第3回ではアタッチメントの話題と関連して、子どもが親とのコミュニケーションの中でたくさんのことを学んでいるというお話がありました。遠藤先生によると、自発的な遊びこそが子どもの真の学びだといいます。
――子どもの遊びにはさまざまな形態があります。ただ、これは私だけの分け方かもしれないんですが、遊びを2つに大別すると1つは孤独な科学者としての遊び・学びというものです。孤独とは、黙々と一人で何かに夢中になって遊ぶという経験です。そして科学者とは仮説を立てて実験をするプロフェッショナルのことですね。
写真提供:PIXTA
遊びと科学者というイメージは少しかけ離れているように見えるかもしれませんが、子どもにとってはすべてが興味、好奇心の対象になります。これって何だろう、どうやったら動かせるんだろう、そういうことを子どもはずっと考え続けています。更に、こうしたら動かせるかもしれないという仮説を子どもなりに立て、実際に試してみます。その実験が成功したら、自分の思い通りに物事が叶ったという達成感が生まれます。達成感は喜びです。この達成感がもっとやってみたいという気持ちにつながります。
しかし実験はいつも上手くいくとは限りません。例えば積み木で、子どもはもっと高く積み上げられると予想したのに倒れてしまったとしましょう。そのときは、倒れた原因について積み木の形状などから仮説を立て直してまた実験します。一人遊びに夢中になっているとき、子どもは正に科学者のように頭をフル回転させています。自分自身でしっかりと考え抜く力というものはそこで備わっていきます。何かができるという、目に見える結果が出ることよりも、子どもが頭を使って考える経験そのものを我々大人は重視すべきだと思います。
社交的な法律家としての遊び
それでは、遠藤先生の考えるもう一つの「遊び」とは何でしょうか。
――もう一つの遊びとして私がよく挙げるのが、社交的な法律家としての遊び・学びです。子どもは一人で遊ぶだけではなく、仲間や兄弟、あるいは大人と遊びます。つまり遊びでは子どもは人と頻繁にやり取りをし、相互作用が生まれます。このことが遊びの本当に重要な側面なのです。
法律家とは、揉め事や争い事を、駆け引きや交渉を通じて上手に解決するプロフェッショナルです。他者の立場になってものを考えたり、自分の要望を相手に理解してもらうための工夫をしたり、法律家は科学者とは違った意味でやはり頭をフル回転させている専門家と言えるでしょう。
子どもも仲間と楽しく遊ぶためには、時と場合によって駆け引きが必要になりますね。いざこざが生じたときにどうやって仲直りしたらいいか、他者との関係の中で交渉をする必要性も生まれます。そして協力していろいろなことを考えます。そこでの経験は、子どもが自分自身で考える上でも特に他者と協働して考える力の発達に重要な役割を果たしていると考えられます。
遊びと非認知能力
「孤独な科学者」と「社交的な法律家」。遊びを2つに分けて意味付けをした上で、遠藤先生は子どもにとって本当に大切な学びとは何なのかを私たちに語りかけます。
――これらの遊びを別の観点から言うと、科学者は自分にとって必要なものを探し出し、自分を高めようとします。それは自分自身の力でできるときもありますが、他者と協力することで可能になる場合は法律家としての力も関わってきます。このことは、第1回でお話しした「自己に関わる心の力」と「社会性」に深く関わってきます。
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2種類の遊びというものがどれくらい豊かに、自発的にできるかというところに、頭を使って考えるという経験がそれぞれ違った意味で成り立っています。そうした頭を使うということが、これからのVUCAな世界を生き抜くためのAgency(責任主体性)やCo-Agency(共同主体性)とも重なります。自分で考えて判断して先に進む、そして他者と手を携えながら前に進んで行くという力のことです(第2回参照)。そこにつながるという意味で、遊びとは乳幼児期に大切な学びそのものなのだろうと考えています。
わたしたち大人は「学び」というと、大人が何か大切なことを子どもに教えてあげて、それを子どもがどれだけ効果的に吸収したかといったようなイメージで捉えてしまうことがあるかもしれません。しかし乳幼児期において最も大切にされるべき学びとは、子ども自身が自分の頭で考え抜く、あるいは他者と協働して時にはぶつかり合いながら考えるというような力です。それらを身につけていくことこそ、乳幼児期の学びの中核になるでしょう。
子どもの「夢中」を引き出すには
子どもが自分自身で考えることが重要とわかっていても、大人にとって子どものやる気を引き出すのはなかなか難しいかもしれません。音楽教室の3歳児コースを例に、子どもがどうすれば夢中になれるか伺いました。
――発達心理学で言う「動機付け」から考えると、例えば楽器を上手に弾けるようになったらご褒美がもらえる、逆に練習をしないとお母さんお父さんに叱られてしまうなど、賞や罰を与えることでやる気を引き出していくことは「外発的動機付け」と表します。
それに対して、音楽が面白いからもっとやってみたい、もっともっと上手に歌ったり弾いたりできるようになりたいという気持ちは「内発的動機付け」といい、内側から湧いて出るものなんですね。音楽教室のプログラムでも遊びの要素を含みつつ展開されていると伺いましたが、それは「内発的動機付け」と捉えられます。子ども自身が遊びを通して楽器を楽しいと感じれば、結果的にはパフォーマンスは向上していきます。それが自分の励みとなり、もっとやりたいという良い循環が生み出されます。
グループでのレッスンの場合は、遊びと同じで複数の子どもたちが一緒に取り組んでいる点が重要です。たとえば、もしかしたら他の子が自分よりも先に上手に弾けるようになったり歌えるようになったりするかもしれません。自分はまだできていない状況は時には恥ずかしい気持ちを誘発することもあり得ますが、その子のようになりたいという尊敬や憧れも生まれるかもしれません。実は、子どもの主体性や内側から湧き出るやる気というものの発達には、それが面白いからもっとやりたいということのほかに、あんな風になりたいという気持ちがとても重要になってきます。子どもにとって先生だと雲の上の存在かもしれませんが、自分の周りにいるお友達やいくつか年長の人は、あと少しの頑張りで手の届くかもしれない憧れの対象なのですね。もう少し頑張ろうという気持ちから、子どもはやはり自発的に取り組むようになります。
音楽と非認知能力
誰かと一緒に音楽をすることは、身近な存在が憧れの対象となり自発性につながるという遠藤先生。さらに音楽の起源にさかのぼり、合奏や合唱を通した経験が発達をもたらし得る可能性を豊かに提示されました。
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――今度は、一人だけで演奏するのではなく仲間と一緒に演奏することについて考えてみましょう。合奏や合唱では他者と手を携える、つまり協力するということや、場合によっては自分をコントロールして他者に思いやりを示すということがあるかもしれません。もしまだ自分よりも十分に弾けない人がいたらその子を助けたり、自分のほうが助けられたりもするかもしれません。誰かと共に1つの音楽にのめり込み一緒に活動するなかで、他者との関係性をつくり維持する力、あるいは共感や思いやりが育まれることもあるのではないでしょうか。
それと同時に、例えば合奏が上手くできたときの達成感は、他者との連帯意識や仲間という感覚を強烈にもたらすのかもしれません。今でこそイヤホンやヘッドホンによってわたしたちは一人で音楽を楽しむことができますが、音楽の起源を遡って考えると、人と人とをつなげる役割、そして人と人との気持ちを溶け合わせていつの間にか一つにしてしまうような力をもっているのだと思います。そもそも音というのは一人の耳にだけ到達するものではなく、その場にいる人びと皆に共通して届くものだったということがあるでしょう。生物の中でもとりわけ人間はリズムやメロディにいつの間にか同調していく、調律していく傾向がみられます。同調・調律するとは、皆が波長を同じにするということです。それは、集団の形成や集団の中での協調に自ずとつながっていくように思います。
実は社会性の発達には、人と人との気持ちが一つになるということを仲間と経験することが非常に大きな意味をもっています。そもそも赤ちゃんの段階から子どもの近くには誰かが居て、その人が声を発すると子どもは知らず知らずのうちに身体の一部をそれに合わせて動かしたり声を上げたりします。他者の発した声や動きに同調して調律するという傾向は生まれた直後から存在し、場合によってはお母さんのお腹の中にいる段階から、同調の傾向をもっているんですね。そういう意味において、音を共有するということが結果的には人と人とをつなげ、人の気持ちを一つにさせるというところに強力な作用を及ぼすことがあると言えるでしょう。
遊びとして音楽を楽しむこと、そして仲間と一緒に音楽をするということは、「自己に関わる心の力」と「社会性」の両方に関わる学びのチャンスにあふれているのではないでしょうか。
(おわり)
編集:小山 文加(おやま あやか)
(当連載は2020年7月14日に取材した内容をもとに作成しております)
◇プロフィール
遠藤 利彦(えんどう としひこ)
東京大学大学院教育学研究科・教授/同附属発達保育実践政策学センター長
東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(心理学)。専門は教育心理学、発達心理学。聖心女子大学、九州大学助教授、京都大学准教授、東京大学大学院教育学研究科准教授を経て現職。日本学術会議会員。東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)センター長。主な著書に『よくわかる情動発達』ミネルヴァ書房、『乳幼児のこころー子育ち・子育ての発達心理学』有斐閣アルマ、『赤ちゃんの発達とアタッチメントー乳児保育で大切にしたいこと』ひとなる書房、ほか多数。