子育て・教育
2020年11月26日掲載 / この記事は約10分で読めます
幼児教育の専門家である岩立先生に最新の教育の動向を聞くシリーズ最終回。連載第2回では、改訂された幼児教育関連三法と非認知能力の関係と、幼児教育は総合的実践であること、そして幼稚園の在り方が大きく変わってきているというお話でした。長年、大学で教員養成に携わってきた岩立先生。教育の変化が現場を支える保育士や先生たちにどう影響するか伺いました。新しさを取り入れ、進化を続ける幼児教育の未来が語られました。
教育が変わる=指導が変わる
きめ細やかな日本の保育
これまでの連載では、幼児教育関連三法の改訂への対応とともに、質の高い保育のトータルデザインが求められる時代になったと伺いました。変わりゆく幼児教育の世界で、保育士や幼稚園の先生に求められるものはどのように変化しているのでしょうか。
――保育士や幼稚園の先生の研修は非常に難しく、奥が深いテーマです。もともと日本の保育には、子どもが主体的に活動していけるような細かい仕掛けをつくるほかに、見ていないふりをして見守る、いきなり言葉をかけるより、間合いを取るなど、きめ細やかな側面があります。つまり、⼀定の内容を憶えるというより、⼀⼈⼀⼈の幼児をよく理解し、⼀⼈⼀⼈の環境への主体的な関わりを⽣み出すような遊びと⽣活を通して総合的な指導を展開するということは、とても⼒量の要ることなのです。
保育者の役割の第一に環境の構成があります。物的、空間的、人的環境を用意してまずは、子どもの主体的な行動を見守ったり、支えたりすることが重要です。2番目が指導し助言し共に行う、3番目に共感し受け止め探り出す、4番目に憧れのモデルになる、そして5番目が園のチームとして働くことです。
写真提供:PIXTA
養成校を卒業したての先生の場合、大きな支障をきたすことなく1日を終えられることからスタートとして、そこから生涯をかけて本格的な学びをしていくんですね。先生は子どものもっている潜在力やエネルギーを借りながら保育をしていきます。先生がそれらを上手く引き出す工夫をして、⼦どもたち⾃⾝の潜在能⼒と連動し、子どもたちが伸びていく様は圧巻です。そして教育者にとって大切なのは、生涯学び続けるということですね。
新しい概念から豊かな表現へ
伝統的にとてもきめ細やかな日本の保育の中にも、新しいものはどんどん入っていると語る岩立先生。一例としてサウンドスケープを挙げました。
――音楽を例に考えてみましょう。わたしは表現の領域は専門ではありませんが、音楽の世界でサウンドスケープの概念が出て来てからその考え方は保育内容に組み込まれるようになりました。サウンドスケープとは、音を景観として捉えるものです。そうすると雨だれの音や風が窓に吹き付ける音など非常に豊かな音世界が広がっていきます。いきなりクラシックの名曲を聴いていいと思う子どももいるかもしれませんが、あまり身近ではないんですよね。子どもにとって音とは何なのか、子どもが日常でどういう音に出会っているのかを広く捉えれば、世の中は音に満ちていることに気付き、いろいろな音と出会っていくことができます。
幼児教育のねらいは、身近な生活世界の中から音や楽器に出会い、そして「ああ、いい音だな」という心を動かしながら聴く力や「一人で歌うのもいいけど皆で歌うともっと楽しいね」といった合わせる喜びなどを育むことです。年長では協同性もねらいの一つになるので、皆で合わせて独特のハーモニーが生まれるところまでもっていこうとしているんですね。
ただ、幼児教育関連三法において示された「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」に表現が含まれているものの、具体的には書かれていません。もし先生が表面的に読んでしまったら、歌を教えてから発表会をしたりリトミックを少しやったりして満足してしまうかもしれないですね。しかしそれでは子どもが音楽と出会ったことにはならないでしょう。極端な話、スーパーマーケットで買ってきたような質の悪い楽器をたくさん集めて楽器王国をつくったとしても、それだけでは表現とは呼べない訳です。子ども自身が音や音楽に気付くような仕掛けをつくって探求していく環境が大事です。
保育者の専門性としての質の高い保育と子育て支援
保育士や幼稚園の先生になるには多様なスキルと生涯学び続ける姿勢が大切とのことですが、園の役割が拡張して日々の業務があまりに大変なのではないかと感じます。改めて、保育のスペシャリストとはどういう専門性を意味するのでしょうか。
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――わたしたち研究者は養成者でもあり、保育士や幼稚園の先生の専門性を非常に細かく分けて考えています。基本的に、幼児はわたしたちを超えていく存在です。改訂された『幼稚園教育要領』にも書かれていますが、子どもの可能性は無限大であり、教育者は子どもの良さや可能性を積極的に見出し理解しながら、それらを高めていく援助をしていくことになるでしょう。
そういう意味で、3歳児はたかが3歳の子どもなのではなく、可能性に満ちた存在です。子どもを尊重しながら丁寧に関係を築き、意味や価値のある環境をつくっていく――保育とはチャレンジングな営みであり、どこまでも深いものなのです。
さらに今日、貧困や虐待、その他多くの問題から、子どもたちだけでなく、保護者への臨床的なサポートも必要とされてきています。保育の専門性は、保育を通しての子どもに対する支援に加え、保護者への子育て支援が二大柱になってきました。そのことから、専門家同士の協働が強く叫ばれてきています。保育に関わるコーディネーターを誰がどう担うのか、外部の専門家が助言するようなシステムをどう構築するかなど検討課題は多いですが、多様な専門家が関わり合うことが重要です。
ただし、実際に子どもと関わるのはあくまで保育者です。保育者は日々の遊びや生活を直接支える存在であり、アタッチメントの対象にもなります。今後必要とされるのは、その保育者に助言や教材のアイディア等を提供し、保育を共に良くしてくれるような人材でしょう。
例えば既にある事例として、自然に詳しい方に「この葉っぱを擦るとミントの匂いがするよ」といった専門的な知識を教えてもらったり、アートの専門家を呼んで本物に触れる体験を得たりする取り組みがみられます。誤解して欲しくないのは、本物とはすでに構造化されて完成したものをぽんと見せるだけのことではなく、子どもはそれを目指さなければいけないということでもありません。要は憧れの心を動かすモデルとの出会いが大きな意味をもっています。また、文部科学省が地域との連携や地域資源の活用、伝統の継承などを積極的に推進していることから、干し柿をつくったり、藍を育てて収穫し藍染めをしたりすることを通して、伝統文化を地域の方々から学んだりすることなども実践されています。
ICTの可能性
多様な専門家との協働から、保育所や幼稚園はどんどん地域に拓かれていることがわかりました。また、テクノロジーの進化から幼児教育はさらに新しい形へと向かっていくのかもしれません。
――従来に比べて、保育所や幼稚園には説明責任が問われ、いろいろな側面から評価されるようになりました。成果がわからないような事業にはお金を出しませんという世の中なので、活動の見える化が強く求められています。園は保護者にカリキュラムや指導計画内容を説明するようになってきたのではないでしょうか。
最近では、保育者側も自らの保育実践を録画するなどして、活動の振り返りなどに活用しています。ICTは幼児教育にもどんどん入ってきていますから、先生だけにとどまらず子どもも映像で自分をメタ認知的に振り返り、より良い表現を探っていくようなことも行われています。
昔の幼児教育の考え方では、パソコンなどは運動を阻害する、実体験ができないなどと嫌われるようなところがありました。何よりも直接体験を重んじていたんですね。しかし良し悪しに関係なく、現実問題としてもうコンピュータや情報通信機器は子どもたちの生活のなかに入ってきています。さらに、コンピューターの使用によって身体能力が低下するのではないかといった懸念に対して、イギリスの研究などは、スマホを見て画面をスクロールするスキルの高い子どもは、運動能力も高いという結果を報告しています。もちろん、長時間、画面を見ることによる視力の低下など注意しなければならない点もあります。が、iPadなどはもはや1つのおもちゃに過ぎなくなったと感じます。一人で操作することもありますが、子ども数人で頭を突き合わせて見ていることも多いように思います。子どもの心をつかむようなBGMを先生がiPadに入れておくと、彼らはすぐに発見してその音楽で踊ったり歌ったりもしています。
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幼児教育において最も重要なのは直接体験であることは間違いありません。りんごを映像で見るよりも、りんごという質感や匂いのある実物を持ち、感じることの方が幼児期の学びが大きいという考えです。直接体験から得られる学びでは知だけではなく情動も動き、映像で見た場合だと知は動くけれど情動の方は動きにくいと言う専門家もいます。一方で、間接体験のよさもあるでしょう。今すぐ極寒の地にいるペンギンの姿を見られるし、外国にいる子どもに挨拶することもできます。
グローバルな社会では日々インターネットを通じた情報交換やコミュニケーションが行われており、そこからたくさんの工夫も生み出されています。直接体験と間接体験の両方のメリットを採り入れながら、どのように体験を豊かにしていったり相互に補完したりできるか探求することが重要なテーマだと言えます。社会の変化とともに急速に技術も進歩するので、それらを取り込みながら、未来を担う子どもたちの教育・保育を探求していけたらいいですね。
(おわり)
文・編集:小山 文加(おやま あやか)
(当連載は2020年7月28日に取材した内容をもとに作成しております)
◇プロフィール
岩立 京子(いわたて きょうこ)
東京家政大学子ども学部子ども支援学科教授
東京学芸大学教育学部、大学院修士課程を経て、筑波大学大学院博士課程心理学研究科心理学専攻に進学。平成5年に、博士(心理学)を取得。専門分野は幼児教育、発達心理学。最近の研究テーマは幼児教育における様々な評価。筑波大学大学院博士課程修了後、筑波大学心理学系技官を経て、東京学芸大学幼児教育科で34年勤務の後、令和2年4月より現職。日本乳幼児教育学会常任理事、日本保育学会監事、全日本私立幼稚園幼児教育研究機構理事、保育教諭養成課程研究会理事、東京都私学助成審議会委員。主な著書に『子どもの道徳性の発達』ミネルヴァ書房 54-68、『親が親として発達するための支援とは』保健士ジャーナル(「特集 親として育つことを支える 育児不安・困難感解消のための親支援」75(4), 289-292)、『幼児理解の理論と方法』光生館 31−43、ほか多数。