学び・教養
2020年09月24日掲載 / この記事は約7分で読めます
乳幼児の音声発達を研究されている麦谷綾子先生に、ご自分の研究活動についてのお話を伺っています。第3回では、研究活動を続ける秘訣や研究への思いを語っていただきます。(聞き手:藤村美千穂)
連載
音楽研究って面白い!-乳幼児の音声発達・麦谷綾子先生-
研究への思い
研究を長く続けていくには
――麦谷先生は企業での研究活動と、大学での研究活動をどちらも経験なさっていますが、それぞれの生活にどういう違いがあるかお聞かせいただけますか。
まず、大学で教育をしながら研究も同時に行うのはかなり難しいと実感しています。教育はすごく面白いしやり甲斐もあるので、それだけで満足という気分になってしまいがちですが、細々とでも研究の手を止めないことが大切だと思っています。
写真提供:PIXTA
そのためには自分で締め切りを作ったり、誰かと一緒に研究をしたりするのがいいですね。他人が関わっていると、何日くらいまでには解析終わらせようねというプレッシャーがかかります。
実際、企業時代から大学や他の研究所と協力して、研究の拠点がいくつもあるようにしてきました。そうして糸を切らさないように細く長く研究を続けてきたというところはありますね。
企業と比べて大学は、柔軟な部分と非常に柔軟じゃない部分と両方あります。例えば、大学は授業のない期間が確実にあるので、この期間はどこかの共同研究先にずっと篭って研究に集中してもいいわけです。しかし一方で当然ながら講義が入っている学期中は休めないですし、教育は講義をするだけじゃ終わらないし、一長一短です。
また、これは特に夫婦ともに大学の教員という場合ですが、双方が違う大学になって、地理的にも離れてしまうことがあると聞きます。任期も細かく変わっていきますし、腰を落ち着けて研究の環境を作ることが難しい場合もあります。もちろん皆それぞれに事情があるので、その中でベストを尽くすしかないですね。
――もう研究は続けていけないと思われた時期はありますか。
意外にそれは全くないんです。多分、頑張りきっていない。頑張りすぎずにそこそこでやっているので、もう絶対無理っていうところまでたどりつかない。あと、辛いことも含めてすぐに忘れる能力は人より優れていると自負しています(笑)。
自分の子どもが生まれた時期にデータを取ろうとしたことがありますが、やはり育てるのに必死で客観性も継続性もなくなってしまってダメでしたね。昔、自分のお子さんの発話を日記として書いていく日誌法というやり方で研究をされた先生方がたくさんいましたが、心から尊敬します。だって、オムツを替えて、作って食べさせて、寝かしつけしながら自分も寝落ちしているのに、さらに子どもの発したことばを正確に記録するのは、少なくとも私には無理でした。
それでも子どもを育てたという経験そのものは、研究者としての自分にはすごくプラスになったと思います。仕事の延長で子育て支援に目を向けた時も、やはりお母さんがしんどいことって自分もそうだったなと思えましたし、音楽一つをとっても寝かしつけに自分がどれだけ音楽の規則性を使っていたかと考えると、やはり効果があるなと実感することができる。自分の生活の全てが研究になるわけではないけれど、その研究の土台の部分として確実に生きていると思いますね。
研究者と実践側の良いバランスとは
――麦谷先生が研究において大事にしておられることは何でしょうか。
大学での心理学は大きく臨床と基礎という2種類に分けられることが多いです。臨床家は科学的な理論を背景にしながらカウンセリングや子育て支援など、対人援助職として相手をサポートしていく。一方で基礎研究者はさまざまな研究知見を科学的に積み重ねていって少しでも真実に近づこうとします。
私は基礎研究者ではありますが、発達を研究する上でただ研究をしていればいいのではなく、発達に対して何らかの貢献をすることが必要だと思っています。直接的ではなくてもいいんです。発達の研究者として遠目に子どもの姿や育ちをしっかりと捉えて理解しながら、この部分を掘り下げますという姿勢が必要だと個人的には思います。例えば発達心理学を学生に教えるのは自分の視野を広げるのに役立つし、子どもを育てるのもそうですね。
あと、どうしても研究というと実験でこういうことがわかりました、じゃあこうやって育てましょうとマニュアルを作るような感じになりがちなんですけれども、それは違うと感じています。
写真提供:PIXTA
わかりやすい例で保育を挙げますが、保育士の先生たちに例えば赤ちゃん研究でこんなことがわかりました、言語発達や音楽でこんなことがわかってますよという情報を伝えたとしても、それを保育の場でどのように取捨選択するのかは実践の側なんですね。そのときに自分の経験や都合だけを基準に情報を選択するのではなく、科学的な知識も含めて客観的な判断を行うための審美眼のようなものが実践の側にも必要だと思います。
研究者がこういうことを言うとなんですが、研究でわかっていることが子どもの発達をあまねく照らして明確に説明するわけではありません。研究は万能ではないし、玉石混合でエラーもあります。ですから、実践を行う方々には、研究結果を的確に読みとって取捨選択するリテラシーをもっていただきたいし、そのリテラシーを一緒に醸成していくのも研究者の役目なんじゃないかなと思っています。
特に音楽もそうですけれども,実践側の方が持っていらっしゃる経験値は手放してはいけないものだと思うので、その経験値と研究が上手く噛み合うと良い方法が提案できるのではないでしょうか。
――こちらの情報を受け取る姿勢についても考えさせられるお話でした。では最後に、研究者を目指す若者の皆さんへメッセージをお願いします。
研究者の良いところと言えば、誰かに言われてやるわけではなく、これは大事だ、これを解明したいという純粋な気持ちで仕事が成り立つところだと思っています。しかも私は少しずつ興味が変遷してきている部分がありますが、うまく自分の中で折り合いがついて且つそれをちゃんと説明できれば、許容されるんです。元々持っていた取っ掛かりは“細かな音の知覚”でしたが、それが最終的にはもっと広義の意味での“コミュニケーション”に広がっていくというのが面白いと思いますね。
後は、自分自身の研究では実験をして定量化をする、数値で表して科学的な真実にできるだけ近づこうとしているという作業は、やはりとても面白いです。もちろん経験でぼんやりそうじゃないかと思っていることが実際のデータとして裏付けされるのも面白いですが、もっと面白いのは、赤ちゃんってこんなことができるんだ、こんなデータが出るんだと予想を裏切るデータが見えてきた時ですね。データというのはものすごく説得力があります。数字から新しい発見が生まれるという面白さを感じていただければと思います。
研究者を目指す皆さんには、音楽でも何でもいいですが、自分はこういうものに興味があるんですとか、こういうことにすごく疑問を持っていてこんな研究をしたい、そんな原点やモチベーションがしっかりあると、たとえ将来興味が広がっていっても根っこの部分はブレずにいられるのではないかと思いますね。
――決して頑張り過ぎてはいないとおっしゃいながらも、研究に真摯に取り組んでおられることが伝わるインタビューでした。麦谷先生、ありがとうございました。
(インタビュー・文 藤村美千穂)
◇プロフィール
麦谷 綾子(むぎたに りょうこ)
日本女子大学 人間社会学部 心理学科 准教授
専門:発達科学