学び・教養
2020年08月06日掲載 / この記事は約7分で読めます
乳幼児の音声発達を研究されている麦谷綾子先生に、ご自分の研究活動についてのお話を伺っています。第2回では、これまで携わってこられた研究から、子どもの言語や音楽面での発達について語っていただきます。(聞き手:藤村美千穂)
連載
音楽研究って面白い!-乳幼児の音声発達・麦谷綾子先生-
研究から見えてきたもの
言語や音楽への感受性は生まれつきのもの?
――前回、音声と音楽の繋がりというお話を伺いましたが、さらに詳しく伺っていきたいです。以前のONKEN-SCOPEの麦谷先生の連載「ことばの中に潜む音楽的要素」に「オノマトペ」を扱った記事がありましたね。(→「オノマトペ・音象徴・共感覚の不思議」)音の響きのイメージが赤ちゃんの間でも共通しているというお話が印象的でした。
写真提供:PIXTA
特定の音が特定の概念やイメージと結びついて知覚される現象を「音象徴」と呼びますが、これは赤ちゃんの頃から備わっていることがわかっています。音楽を楽しむにしても言葉を獲得するにしても、前提となる知識や共感覚的な部分が子供には備わっていて、そこから世界を構築していくという過程があります。だから皆同じように大体同じものを楽しめるということです。
――言語や音楽に対する子どもの感受性は、生まれつき備わっているということですね。
そもそも「言語」とか「音楽」の中での切り出し方は大人が勝手に線引きしているものなので、「音楽って何ですか」と改めて聞かれたらとても難しい。例えば虫の音だって音楽と言えば音楽ですよね。
言語も同様で、情報伝達という意味合いは大きくてやっぱり各単語の意味を理解しなければいけないのは事実ですが、その意味の理解も前提として自分の見ている世界や経験を相手も共通で持っているからこそできるわけですよね。そこで共通性がなければ、意味を取る事ができない。そのような共通性に関する理解というのは、生まれ持ったものと断言はできないですけれど、少なくともかなり幼い頃から自然に持っているんじゃないかと思います。
――そのことを裏付けるために、具体的にはどのような研究をされているんでしょうか。
例えば言語でいうと、子どもが言語の中で注目しているのはリズムやイントネーションなんです。新生児で研究してみると、赤ちゃんはお腹にいる時から自分のお母さんが話したり自分の環境にあったりする母国語をちゃんとわかっています。
具体的に調べるために、生まれてすぐの外界を経験していない赤ちゃんにおしゃぶりを吸わせ、音を出して反応を見るという吸啜(きゅうてつ)法という研究手法を取ります。あるいは、最近は胎児の超音波や心拍を取れるようになっているので、胎児で見る場合もありますね。いずれの場合でも、赤ちゃんに母国語と外国語を聞かせると、母国語のほうをよく聞くという行動が表れます。
写真提供: PIXTA
その中でも個々のアイウエオなどの音の違いではなく音同士の関係性で、高さの情報やアクセントの情報、リズムのようないわば“言語の中の音楽的な要素”が手がかりになりやすいようです。赤ちゃんはそれを基にして、「あ、この言語は聞いた事がある」とか「これは聞いた事がない」と自らの注目すべきものを選択しているのではないかと考えられています。
言語と音楽が交わるところ
――言語から音楽へと研究対象を広げられてきた麦谷先生に、それぞれの共通点と違いはどこにあるか伺いたいです。
言語は意味伝達という役割がすごく大きいですが、音楽は必ずしも意味伝達は意図していないので、そこはやはり違うんでしょうね。後は、言語はありとあらゆる組み合わせが可能で、次に相手が何を言うかという予測は立ちにくい。文脈もありますが、その中での自由度は高いですよね。一方で音楽はある程度限られたメロディーパターンがあり、歌詞がついていたとしても大体決まっていて予測性が立ちやすい。相手と共有しやすいという点では、子育てに使いやすい面があります。
でも、両者を突き詰めるとおそらくリズムに行き着くと私は考えています。そして、リズムがあるということは、結局は身体に結び付いているのではないでしょうか。音楽を聴くと赤ちゃんもそれに合わせて手足を動かすという研究がありますが、言語はそこまで身体性を刺激しないかもしれないけれど、やはりリズムがあるという意味ではとても似ていると思いますね。
――言葉の世界でも独特な一定のリズムで韻を踏み、グルーブ感を生み出すことがありますね。
研究者によっては、音楽は言語の派生物や添え物で下位にあるという考え方をする人もいますし、もしくは性選択のような話で進化上複雑な歌を歌えるとモテるというような考え方もあります。でも、そこはどちらが上という話ではないような気がします。言語と音楽の起源のようなものは化石には残らないので謎の多い部分ではありますが、私の今の考えではリズムや身体性、オノマトペのようなところで緩く共有するものを持っているんじゃないかなと思っています。
原点のコミュニケーションへ
最近はどちらかというと学部生時代の原点に戻って、母子関係や父子関係に注目しています。これまで音声獲得を研究の中心に据えてきましたが、個々の音だけで音声は成り立っていないと思うし、コミュニケーションって音声だけじゃないなという考えに行き着くので、どんどん興味の対象が広がっていくのを感じています。例えば母親が子供に対してすごく感受性が高く、泣き声に対して敏感に反応するという行動の根源は何なのだろうか、というような方向にシフトしつつありますね。
これは玉川大学の梶川祥世先生のチームと一緒に研究した例ですが、お母さんに赤ちゃんを抱っこしてもらい、音楽であやした時と音声であやした時、両方で身体の揺らぎというか身体運動のデータも取っておいて、音楽があやしにどう影響しているのか、音声だけで十分なのか身体的な揺らぎも加えられる事によってあやしが成立するのか、ということも調べていました。特に小さい子供にとって音楽はコミュニケーション媒体としてとてもよく効いているので、そこを掘り下げていきたいという思いはありますね。
――これまでのご経験が新たな研究の糧になり、原点となる思いを補強していくという素晴らしい循環をお聞かせいただきました。第3回では研究活動の秘訣や思いについて伺います。
(インタビュー・文 藤村美千穂)
→「3.研究への思い」に続く(全3回連載予定)
◇プロフィール
麦谷 綾子(むぎたに りょうこ)
日本女子大学 人間社会学部 心理学科 准教授
専門:発達科学
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