子育て・教育
2021年06月23日掲載 / この記事は約8分で読めます
この「非認知能力と音楽」シリーズでは、今日注目されている “非認知能力”についてさまざまな領域の専門家の先生方が解説をしてきました。先生方の指摘で共通しているのは、非認知能力を一言で表すのは難しく、さまざまな力が含まれるということ。そして「非認知能力」のほかにも「非認知スキル」「非認知的スキル」などいくつかの呼び方があること。
今回のゲストは、発達心理学が専門の荒牧美佐子先生(目白大学准教授)です。荒牧先生のお話のキーワードは「社会情動的スキル」。心理学では感情(affect)に関連する用語として、情動(emotion)と気分(mood)を使い分けたりもしますが、「社会情動的」とは一体どんな力のことなのでしょうか? 非認知能力との関係は? これらの問いに荒牧先生が答えます。
「社会情動的スキル」とは?
家庭教育と保育、子どもの発達をめぐる諸問題と向き合って
この「非認知能力と音楽」シリーズではさまざまな専門領域の先生方にご登場いただいています。はじめに、荒牧先生のこれまでの研究やお仕事などについてのご紹介をお願いします。
――こちらの「ON-KEN SCOPE」というウェブサイトでは音楽を軸に多様な研究が取り上げられていますね。わたしの専門は発達心理学ですから、今回は心理学の立場から「非認知能力と音楽」のテーマに関連したお話を進めていこうと思います。
わたしの博士論文のテーマは母親の育児感情で、特に乳幼児期の子どもがいるお母さんがどういった点に負担や不安を感じるかに焦点を当てて研究しました。その後は幼稚園教員・保育士養成の大学に勤務する中で、乳幼児期の家庭教育が子どもの発達に与える影響などについて研究するかたわら、保育現場での研修なども行っています。ベネッセ教育総合研究所の「幼児期の家庭教育調査・縦断調査」や「園での経験と幼児の成長に関する調査」などにも関わり、家庭教育の質と並行して保育の質という観点から、乳幼児期の子どもにとってどのような環境が必要なのかを探求しています。
「非認知能力と音楽」というテーマに関して、乳幼児期における音楽を発達心理学の立場で捉えるならば大きく2つの側面があると思います。一つは習い事の一つとしての音楽、もう一つは『保育所保育指針』の5領域にある「表現」の中の音楽です。さらに保育者養成大学の一教員としては、保育のカリキュラムの中に音楽というものをどう位置付けるかということと向き合っていく必要があります。
乳幼児期の教育は費用対効果が高い
家庭教育と保育の両方の軸から研究活動を展開されてきた荒牧先生。ベネッセ教育総合研究所「家庭、学校、地域社会における社会情動的スキルの育成」(2015)のレポートにも荒牧先生のお名前が掲載されていますが、調査によっては非認知的スキルを社会情動的スキルと呼んで解説している研究もみられます。これらは同じものなのでしょうか。
――結論をはじめに言うならば、非認知的スキルと社会情動的スキルはどちらも幅広い意味をもつ概念で、調査によって測定する項目や注目する側面が少しずつ違っていると捉えてよいと思います。
非認知能力や非認知的スキルという言葉はたくさんの本やウェブサイトに掲載されていますが、意味がわかるような、わからないようなというのが実際のところではないでしょうか。能力なのかスキルなのか、どの用語を使うかという点でも研究者の間で意見が分かれています。
写真提供:PIXTA
元々は、ノーベル経済学賞を授賞したジェームズ・ヘックマン氏の研究により非認知能力に関心が集まりました。海外では30~40年前から縦断研究といって、子どもが幼少期からどんな生活を送ってきたかを継続的に追いかける、大規模な調査が行われていたんですね。時間もお金もかかる研究ですが、調査対象だった子どもたちが成人したことによって、幼少期の教育がその後の人生に与えた影響の検証が可能になったのです。
縦断研究の結果、学力以外の能力というものが、大人になってからの結婚や持ち家率、あるいは年収など人生のさまざまな面に影響があるとわかってきました。それまでは、人が経済的に自立をしてきちんと自分の生活をできるようになるためには、学力つまりIQ(知能指数)が大事だと思われてきました。ところが、どうもそれだけではなさそうだということが大規模な縦断研究により段々と明らかになってきた訳です。
さらに、非認知能力は乳幼児期から徐々に積み重なっていく力で、乳幼児期に質の高い保育や幼児教育を受けられれば、そこまでお金をかけずともその効果が長く続くことがわかってきました。逆に大人になってから新しい能力を身に付けようとしても大抵はお金がかかります。つまり、非認知能力の習得にとって乳幼児期の教育は費用対効果が高いのです。そこから、経済学の分野では乳幼児期の子どもへの投資の効果が見直されてきたという経緯があります。
OECDの定義した社会情動的スキル
ヘックマン氏による縦断研究で注目されるようになった非認知能力。そこから社会情動的スキルの概念の整理と普及に貢献したレポートがOECD(経済協力開発機構)から出されました。
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――先ほどお話しした縦断研究などがベースとなって、OECD(経済協力開発機構)が非認知能力の概念をさらに整理してまとめたのが「社会情動的スキル」と呼ばれるものです。元々ヘックマン氏はIQ以外の能力をすべてひとまとめにして非認知能力と言いましたが、どんな力がそこに当てはまるのかはよく整理されていない部分がありました。そのため、何をどう伸ばしていけば良いのかも漠然としていたんですね。
OECDのレポートでは、社会情動的スキルは、生産性、測定可能性、そして可鍛性という3つの性質を含むと定義されます。生産性とは、このスキルがあれば個人の人生や社会全体にプラスの影響を及ぼすだろうということを意味します。
次に、社会情動的スキルは測定できる力とされています。個人的にはこの点が非常に重要だと考えています。OECDの定義によれば、社会情動的スキルは「目標を達成する力」(忍耐力など)、「他者と協働する力」(社交性など)、「感情のコントロール」(自尊心など)で構成されます。さらに、「目標を達成する力」には忍耐力と意欲、自己効力感などが含まれるというように、さらに細かく分類されますが、どのようなスキルを測定しているのかを明確にすることで、これらのスキルを伸ばすという点において、世界各国のさまざまな教育との関連を比較することが可能になりました。
3つ目の性質である可鍛性は、社会情動的スキルが生まれつき備わっているというより、後天的に伸ばすことができる力だという考え方に基づきます。忍耐力も協調性も言葉としては昔からありました。OECDの定義が注目されるのは、その力がきちんと測定できるものであり、実際に何に役立ちどのように伸びていく力なのか基準を設けることで、環境の変化や投資によって変えられるものだと提示した点にあります。逆にもし生まれつきの能力だとしたらそこに投資をしても仕方がないという訳です。
社会情動的スキルの測定
社会情動的スキルは測定可能性という性質をもつとのことですが、実際にはどのように測られるのでしょうか。
――「非認知能力」「社会情動的スキル」、あるいは「学びに向かう力」など、調査研究によって能力の捉え方、それを構成する要素は異なっています。調査方法はさまざまですが、代表的なものの一つは質問紙調査です。質問紙調査ではさまざまな項目にどれくらい当てはまるかを、保護者や保育者・教師などが評価者として回答します。例えば「新しいことに好奇心をもてる」という項目では、自分の子どもについて「とてもあてはまる」から「まったくあてはまらない」など、いくつか選択肢を用意して、該当するところにチェックをつけていただきます。
また、例えば集団生活の中での姿のように家庭の中だけでは見えない部分を調査するときは、評価者を幼稚園や保育園等の先生にお願いする場合もあります。親に見えている面と幼稚園・保育園や学校の先生に見えている面にはやはり違いがあるものです。
写真提供:PIXTA
それ以外にも、子どもと対面で簡単なテストを行いそれによって測定するという面接調査のような方法や、研究者などが子どもの行動などを直接、観察する方法もあります。児童期の中期以降になると、子ども自身への質問紙調査もある程度可能になってきます。いずれにしても、社会情動的スキルの定義とそのうちのどの部分を測定する調査なのかが重要です。
◇プロフィール
荒牧 美佐子(あらまき みさこ)
目白大学人間学部子ども学科准教授
お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(人文科学)。
専門分野は、発達心理学。
最近の研究テーマは、母親の育児感情、家庭教育や保育の質が子どもの認知的・非認知的スキルの発達に与える影響などについて。現在、国の研究機関や企業のシンクタンク等の調査・研究プロジェクト等にも参加。
主な著書に、「生活の中の発達―現場主義の発達心理学」新曜社(共著)、「社会情動的スキル―学びに向かう力」明石書店(共訳)、「発達科学ハンドブック 第6巻 発達と支援」新曜社(共著)などがある。